東京地方裁判所 平成5年(ワ)19614号 判決 1997年8月26日
第一事件原告(第二事件被告)
鈴木芳英
右訴訟代理人弁護士
山本榮則
同
辻千晶
同
谷雅文
同
鷲尾誠
同
大野康博
右山本榮則訴訟復代理人弁護士
浅倉隆顕
第一事件被告
株式会社オスロー商会
右代表者代表取締役
内河朗
第一事件被告(第二事件原告)
株式会社オスローインターナショナル
右代表者代表取締役
内河朗
第一事件被告
株式会社オスロー企画
右代表者代表取締役
内河朗
第一事件被告
株式会社オスローエンタープライズ
右代表者代表取締役
内河朗
右四名訴訟代理人弁護士
浅香寛
同
安部陽一郎
同
増村裕之
当裁判所は、右当事者間の頭書事件について、平成九年七月一五日に終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。
主文
一 第一事件原告の請求をいずれも棄却する。
二 第二事件原告株式会社オスローインターナショナルの請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一事件原告(第二事件被告)に生じた費用の一四分の一と第二事件原告(第一事件被告)株式会社オスローインターナショナルに生じた費用とを第二事件原告(第一事件被告)株式会社オスローインターナショナルの負担とし、第一事件原告(第二事件被告)に生じたその余の費用と第二事件原告(第一事件被告)株式会社オスローインターナショナル以外の第一事件被告らに生じた費用とを第一事件原告(第二事件被告)の負担とする。
事実
以下においては、第一事件原告(第二事件被告)を「原告」と、第一事件被告らを総称するときは「被告ら」と、個別に呼称するときはそれぞれ「被告オスロー商会」、「被告オスローインターナショナル」(第二事件原告でもあるが、第二事件原告として表示する場合も、単に右のとおり「被告オスローインターナショナル」という。)、「被告オスロー企画」及び「被告オスローエンタープライズ」という。
第一当事者の求めた裁判
(第一事件)
一 請求の趣旨
1 原告が被告らに対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告らは、原告に対し、各自、平成五年四月以降毎月二五日限り金一三二万九五〇〇円及び右各金員に対する当該支払期日の翌日(毎月二六日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告に対し、各自、平成五年以降毎年七月一五日及び一二月一五日に各三六五万円並びに右各金員に対する当該支払期日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 第2項及び第3項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(第二事件)
一 請求の趣旨
1 原告は、被告オスローインターナショナルに対し、別紙物件目録<略>記載の建物を明け渡せ。
2 原告は、被告オスローインターナショナルに対し、平成五年四月一八日から右建物明渡済みに至るまで一箇月金三〇万円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告オスローインターナショナルの請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告オスローインターナショナルの負担とする。
第二当事者の主張
(第一事件)
一 請求の原因
1 労働契約の締結
(一) 被告オスロー商会との労働契約
原告は、被告オスロー商会との間で、昭和五一年三月、期間の定めのない労働契約を締結し、同被告の経営するゲームセンターの業務に従事するようになった。
(二) 被告オスローインターナショナルとの労働契約
原告は、被告オスローインターナショナルとの間で、昭和五四年一月、期間の定めのない労働契約を締結した。
(三) 被告オスロー企画との労働契約
原告は、被告オスロー企画との間で、昭和五八年二月、期間の定めのない労働契約を締結した。
(四) 被告オスローエンタープライズとの労働契約
原告は、被告オスローエンタープライズとの間で、平成元年三月ころ、期間の定めのない労働契約を締結した。
(五)(1) 被告らは、内河朗が経営する企業であり、四社で一つのグループを形成している。被告らの株主、代表取締役その他の主要な役員、本店所在地等は共通しており、被告らの従業員の給料や社会保険の取扱いは被告オスローインターナショナルがすべて行っている。被告らは、商業登記簿上、税務処理上は別々の会社であるが、実質的には四社が一つの企業体であり、それぞれが事業部門を分担している。
(2) 原告は、各被告との間において前記のとおり各労働契約を締結しており(以下(一)ないし(四)の各労働契約を個別に指すときは「本件労働契約(一)」のようにいい、総称するときは「本件各労働契約」という。)、各被告に対し労務を遂行していたが、賃金は被告オスローインターナショナルが一括して支払うことになっていて、原告は、同被告から、毎月二五日に月額金一三二万九五〇〇円の給料、毎年七月一五日及び一二月一五日に各金三六五万円の賞与の支給を受けていた。
(3) 右(1)及び(2)によれば、被告らは、原告に対し、連帯して右給料及び賞与を支払う義務を負うものというべきである。
2 労務遂行の履行不能
(一) 被告らは、原告に対し、平成五年四月一七日、原告を懲戒解雇する旨の意思表示をして(以下「本件懲戒解雇」という。)、原告の就労を事前に拒否する意思を明確にした。
(二) そのため、原告の労務遂行債務は同日以降履行不能となっている。
3 被告らの責めに帰すべき事由による履行不能
(一) 原告の就労の意思と能力
(1) 原告には引き続き被告らの業務に就労する意思と能力がある。
(2) 原告は、被告らを解雇されて以来、給与の支払を受けられず、裁判の早期解決も望めない状況であったため、家族の生活費を稼ぐために仕事を始めざるを得なかった。そのころ、原告の友人原野直也は、同人の経営する株式会社アトラスが新しいゲームセンター「ムー大陸」を開く計画を立てており、失業中の原告を気の毒に思い、原告にその新しい店の手伝いをさせることにした。原告は、一応外形を整えるために、平成五年七月八日に株式会社ベルウッドを設立した上、株式会社アトラスから資金を借り入れ、同社の下請として同ゲームセンターの運営を開始した。したがって、同ゲームセンターの実質的なオーナー、経営者は株式会社アトラスであって、原告の行っている仕事は同社の下請であり、手伝いに過ぎず、生活費を得るためのアルバイトである。被告らが、原告の就労を拒否する態度を改め、原告の就労を受け入れる場合には、原告は、別会社の代表取締役を辞任する等の適当な措置を執った上で、被告らの業務に就労する意思があり、就労は可能である。
(二) 被告らは、前記のとおり、本件懲戒解雇を主張し、本件各労働契約が終了した旨主張しているから、本件懲戒解雇が有効であること(その法的根拠及び懲戒事由に該当する具体的事実)を主張立証しない限り、履行不能は被告らの責めに帰すべき事由によるものというべきである。
4 よって、原告は、被告らに対し、本件各労働契約に基づき、請求の趣旨記載のとおり、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに連帯して賃金及び賞与並びに遅延損害金を支払うよう求める。
二 請求の原因に対する認否
1 (一)請求の原因1(一)の事実は認める。
(二) (二)の事実も認める。
(三) (三)の事実は否認する。
(四) (四)の事実は否認する。
(五) (五)(1)及び(2)の事実は認める。
2 請求の原因2(一)の事実は認め、(二)は争う。
3(一) 請求の原因3(一)(1)の事実のうち、原告に被告らにおいて就労の意思があることは否認する。原告は、平成五年七月八日に設立された、遊戯場の経営等を目的とする株式会社ベルウッドの代表取締役に設立当初から就任し、埼玉県越谷市南荻島に一〇〇坪にも及ぶゲーム場店舗を経営しているのであって、被告らの業務に就労する意思があるとは思えない。(2)の事実は否認する。
(二) 同3(二)は争う。
4 同4は争う。
三 抗弁
1 黙示の合意解約
(一) 原告と被告オスロー商会、被告オスローインターナショナルとは、昭和五七年一二月ころ、原告が被告オスロー商会、被告オスローインターナショナルの取締役に就任したことに伴い、黙示の合意により本件労働契約(一)及び本件労働契約(二)を解約した。
(二) 黙示の合意解約を基礎付ける事実は次のとおりである。
(1) 常務取締役としての職務権限
原告は、昭和五八年ころから常務取締役として、被告らの経営するパチンコ店やゲームセンターの店長を統括する責任者であり、従業員の採用、解雇を決定する権限を有し、パチンコ店等のゲーム用機器、設備の購入、廃棄の決定、商品の仕入れ、景品の交換率の決定等、営業に関する重要事項を決定する権限を有していた。
(2) 勤務時間及び勤務場所
原告は、取締役就任以後、タイムカードを押すことがなく、勤務時間の管理を受けず、勤務場所の指定も受けていなかった。それ故に、原告は、自分で会社を設立して事業を営むことができた。
(3) 原告は、常務取締役として、月額金一三二万九五〇〇円の報酬、毎年七月一五日及び一二月一五日に各金三六五万円の賞与という、被告らの代表取締役内河朗を上回る多額の報酬の支給を受けていた。また、原告は、常務取締役の地位に伴うものとして、一戸建ての邸宅に住み、高級外車(BMW)を自由に使用していた。
このような待遇は、従業員である者が受けられるものではなく、原告が役員であるが故に受けられたものである。
2 辞職の意思表示又は合意解約
(一) 原告は、被告ら代表取締役内河朗に対し、平成五年二月九日、同日付け書面で、同年三月末日をもって被告らを退職する旨、本件各労働契約の解約の申入れをし、被告ら代表取締役内河朗はこの意思表示を受領した。
よって、民法六二七条一項、二項により、同年三月末日の経過をもって本件各労働契約につき解約告知の効力が生じた。
(二) 原告は、被告ら代表取締役内河朗に対し、平成五年二月九日付け書面で、同年三月末日をもって被告らを退職する旨告知し、被告ら代表取締役内河朗はこれを了承したから、原告と被告ら代表取締役内河朗とは、平成五年二月九日ころ、同年三月末日をもって本件各労働契約を終了させる旨合意したものである。同年三月末日は経過したから、本件各労働契約は終了した。
3 懲戒解雇
(一) 就業規則の定め
被告らには就業規則が存在し(<証拠略>、以下「本件就業規則」という。)、その五〇条で懲戒の種類を定め、五一条で懲戒事由を定めている。五一条は、「(前略)会社に損害を与えたとき」(一一号)、「業務に関して不正不当な金品を授受し若しくは秘かに饗応を受けたとき」(一四号)に該当する場合は、審議のうえ、その情状に応じ、五〇条に定める懲戒処分を行う旨定めている。
(二) 懲戒事由
(1) パチンコ店の営業には、顧客が景品を交換することができる景品買取所(買場)、景品買取所(買場)から景品を買い受けてこれをパチンコ店に売却する問屋が実際上必要であるが、パチンコ店の営業を営む者は現金又は有価証券を賞品として提供することができないだけでなく、客に提供した賞品を買い取ることも禁止されている(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)二三条一項一号、二号、四九条三項四号)。そこで、パチンコ店の営業主体とは別の営業主体が経営する景品買取所(買場)が必要である。被告らは、この景品買取所(買場)及び景品の問屋である真成商事(松本永治こと権永根社長、以下「真成商事」又は「松本」という。)と取引関係にあり、景品関係の一切を真成商事に任せていた。しかるに、原告は、長年にわたって原告自ら、又は平成四年一二月三日に原告のダミーである有限会社ワイエス商事を設立してからはこれを通じて、真成商事から多額のリベートないしバックマージンを受領しており、被告らに多大の損害を与えてきたことが判明した。被告らは真成商事に対してその手数料の減額を要求してきていたが、従来は原告が右のとおり金銭を受領していたため、真成商事は右減額要求に応じなかったのである。
原告の右行為は、本件就業規則五一条一一号又は一四号に該当する。
(2) 原告は、常務取締役として、被告らの経営するパチンコ店やゲームセンターの店長を統括する責任者であり、パチンコ店等のゲーム用機器、設備の購入等の営業に関する重要事項を決定する権限を有しており、被告オスロー企画において平成四年一二月東京都八王子市台町に「パチンコ店パーラーセブン西八王子」を新規開店するに際し、そのパチンコ・スロット機械の選定も行ったが、著しく客の射幸心をそそるおそれがあり、それを設置すれば風営法に基づく営業許可を受けられず、許可申請書にそれを設置するとは記載されていない遊技機であることを知りながら、不正回胴式遊技機(いわゆる「裏ロム」を設置した遊技機)を設置し、営業に供した。そのため、右店舗の店長青木幸秀が平成七年七月一三日に逮捕され、不正回胴式遊技機は同年三月から長期間使用を禁止され、他の機械も入れ替えができなくなり、不正回胴式遊技機の設置が報道されて被告らの名誉と信用は著しく傷つき、営業成績も極端に低下した。しかも、原告は、自ら不正回胴式遊技機を設置しながら、警察の捜査の際に、店長青木幸秀や被告ら代表取締役がその設置に関与している等と虚偽の事実を述べた。
原告が右のとおり不正回胴式遊技機を設置した行為は、本件就業規則五一条一五号等に該当する。
(三) したがって、被告ら代表取締役内河朗が平成五年四月一七日に原告に対してした懲戒解雇の意思表示は有効である。
4 普通解雇の意思表示への転用(転換)
(一) 被告ら代表取締役内河朗が平成五年四月一七日に原告に対してした懲戒解雇の意思表示は、仮に、これが懲戒解雇としての効力を有しないとしても、懲戒事由として主張した原告の行為は普通解雇事由にも当たるから、普通解雇の意思表示として有効であり、同年五月一七日の経過をもってその効力を生じているものというべきである。
(二) 被告らは、右普通解雇の意思表示に関し、原告に対する未払賃金及び解雇予告手当の支払の意思のあることを原告に明示した。すなわち、原告が債権者として申し立てた地位保全仮処分申立事件(東京地方裁判所平成五年ヨ第二三〇〇号)において、被告らは、債務者として上申書を提出し、その中で右の意思を繰り返し明らかにしたし、被告ら代理人増村裕之弁護士は、平成五年七月一五日に到達した原告代理人山本榮則弁護士宛の内容証明郵便でその受領を催告した(<証拠略>)。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1(一)の事実は否認する。
(二)の各事実に対する認否は次のとおりである。
(1) (1)のうち、原告が被告らの従業員の人事に関してある程度関与していたことは認める。原告は、パチンコ店の店長等の採用、監督、解雇をする権限を持っており、店長を採用する際の面接を行ったり、不正を働く従業員の調査を行ったりしていた。しかし、これらの権限は内河朗から与えられたものであり、採用、昇進、解雇等のいずれの場合も、最終の決定権限は内河朗が有していたから、原告は、常に内河朗の決裁を仰いでいた。また、原告は、取締役に就任する以前に、内河朗からこれらの権限を与えられていたのであり、これらの権限は、営業部長という原告の地位に与えられたものである。次に、(1)のうち、原告が営業に関する重要事項を決定していたことも認める。これは原告の地位が営業部長であったからである。原告は、昭和五五年ころ営業部長に就任し、そのころ内河朗からこの権限を与えられたのであるから、取締役就任以前にこの権限を与えられていたものである。また、機械の入替え、看板の修理等、支出を伴うものについては、常に内河朗の決裁を仰いでいた。
(2) (2)のうち、原告がタイムカードを押さなかったことは認めるが、これは営業部長の仕事の内容として外回りが多く、勤務時間が不規則であるためである。(2)のその余の事実は否認する。原告は、出勤するかしないかを自由に決めたり、無断で仕事を休んだりすることはできなかった。休暇については、必ず、内河朗に口頭又は文書で届を出して許可を得ていた。
(3) (3)のうち、原告が月額金一三二万九五〇〇円の給与、毎年七月一五日及び一二月一五日に各金三六五万円の賞与の支給を受けていたこと、原告が一戸建ての住居に住み、高級外車(BMW)を自由に使用していたことは認めるが、その余の事実は否認する。主張は争う。
(三) 原告は、昭和五七年一二月ころ初めて被告らの取締役に就任し、その旨登記されたが、その際、従業員としての地位につき退職手続が取られたわけではなく、退職金の支払もなく、就業規則にも取締役への就任を退職とみなす規定はない。役員報酬が支払われ、賞与が支給されなくなる、雇用保険の被保険者から除外される等の待遇面での変化があったわけでもない。原告には賞与が支給され、経費として申告されていたし、平成五年三月末日まで給与から雇用保険料を控除されていた。
2(一) 抗弁2(一)の事実は否認する。被告ら代表取締役内河朗が原告の業績を正当に評価しようとせず、自分が手掛けたパチンコ部門に消極的な内河朗の言動を受けて、原告が内河朗のために働く意欲を失ったのは事実であるが、直ちに退職すれば実姉内河絹江(内河朗の妻)に迷惑がかかる虞があり、また、原告が当時手掛けていた新規開店の仕事だけはどうしても完成させておきたかったので、一年程度の余裕をもって退職することとし、平成五年二月九日、平成六年三月三一日に被告らを退職する旨の「辞表届」を全文自分で書いて、内河朗に対して提出した。原告は、当時平成四年であると勘違いしていたため、一年後の辞職する日を書くつもりで「平成五年三月三一日付にて退職致します」と書いてしまった。真意は右のとおり平成六年三月三一日に被告らを退職することにある。また、原告の右意思表示は一方的な辞職の意思表示ではなく、合意解約の申込である。被告らが有効であると主張する本件就業規則二二条五号は、「退職を願い出て承認されたとき」に退職すると規定していて、退職の効力が生ずるには被告らの承認が必要であり、承認するまでに原告が撤回すれば退職の効力は生じない。
(二) 抗弁2(二)の事実は否認する。右に述べたとおり、平成六年三月三一日に被告らを退職する旨の合意解約の申込であった。
3(一) 抗弁3(一)の事実は否認する。本件就業規則(<証拠略>)は、就業規則の案にすぎないか、あるいは周知性の要件を具備せず効力を有しないものであるにすぎない。
(二) 抗弁3(二)(1)の事実は否認する。原告は、被告らが昭和六〇年に生麦駅前に新規のパチンコ店を開店する際に、松本の求めに応じ、松本が景品買取所(買場)及び問屋を経営することを認めるとともに、松本に対し景品買取資金として金五〇〇万円を出資又は貸与した。原告は、景品買取所(買場)から若干の利益を得たことはあるが、これは右の出資又は貸与及び原告が果たしてきた暴力団介入阻止の働きに対する対価であって、リベートではない。また、原告が平成四年一二月三日に有限会社ワイエス商事を設立した事実はあるが、これは、原告が、かねがね被告ら代表取締役内河朗から、松本が景品買取代金(手数料)を高く設定していて不当にもうけているのは許せないという話を聞いていたため、内河朗に対し、被告らにおいてダミー会社を設立し、松本を関与させずに景品買取所(買場)の経営を行うべき旨提案したところ、内河朗がこれに全面的に賛成したためであって、これを受けて、原告が有限会社ワイエス商事を設立し、以後被告らが開設するパチンコ店における景品買取りについては有限会社ワイエス商事が行うこととしたのである。
被告らの取引先は問屋の真成商事であり、真成商事は景品買取所(買場)の経営者ではない。景品買取所(買場)は松本個人、原告又は有限会社ワイエス商事が経営していた。原告が得たのは、景品買取所(買場)の利益であって、問屋の真成商事からは金員を得ていない。これはリベートではない。
抗弁3(二)(2)の事実のうち、原告が、被告オスロー企画において平成四年一二月東京都八王子市台町に「パチンコ店パーラーセブン西八王子」を新規開店するに際し、そのパチンコ・スロット機械の選定を行い、不正回胴式遊技機(いわゆる「裏ロム」を設置した遊技機)を設置し、営業に供したことは明らかに争わない。
(三) 抗弁3(三)は争う。
(二)(2)の主張については、被告ら代表取締役内河朗は、本件懲戒解雇当時は右不正回胴式遊技機設置の事実を知らなかったと主張している。懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである。したがって、被告らの主張は失当である。
4 抗弁4(一)の主張は争う。同4(二)の事実のうち、被告ら代理人増村裕之弁護士が平成五年七月一五日に到達した原告代理人山本榮則弁護士宛の内容証明郵便でその受領を催告したことは認めるが、右催告は、未払賃金の発生の期間及び額並びに予告手当の額を明らかにしておらず、弁済の対象としている債務の特定に欠けるものであり、しかも、原告に対してでなく、その仮処分事件の代理人でしかなく、被告ら主張の未払賃金及び解雇予告手当の弁済の提供を受領する権限を有しない者に対してしたもので、弁済の提供の効力を生じない。同4(二)の普通解雇の意思表示の効力が生ずる旨の主張は争う。
五 再抗弁
1 退職願いの撤回
原告は、平成五年二月二六日、新宿の喫茶店「ヤマ」において、被告らの代表取締役である内河朗と話合いをし、内河朗の求めに応じて退職願いを撤回した。
2 本件労働契約の存続確認の合意
原告は、平成五年二月二六日、新宿の喫茶店「ヤマ」において、被告らの代表取締役である内河朗との間で、本件労働契約の存続を確認し、あるいは本件労働契約どおりに再契約した。
3 辞職の意思表示の瑕疵―表示された動機の錯誤
(一) 原告は、退職願いを提出した当時、内河朗がパチンコ部門をやめるつもりであると誤信しており、内河朗に対し、パチンコ部門をやめるなら自分も退職すると説明した上で、退職願いを提出した。
(二) 右のとおり、原告は、動機を表示して退職願いを提出しているから、原告の辞職の意思表示はその要素に錯誤があり、無効である。
4 懲戒解雇における手続違反
(一) 懲戒解雇事由の告知の必要性
労働者を懲戒解雇するに当たっては、具体的な懲戒事由及び就業規則に定める懲戒事由への該当性を告知する必要があるが、被告らは、懲戒解雇の意思表示をするに当たってこれらを告知しなかった。
(二) 労働基準監督署の除外認定の必要性
本件就業規則五〇条(6)は、「懲戒解雇 労働基準監督署長の認定を受けたときは、即時解雇する。」と規定しているから、懲戒解雇の手続として労働基準監督署長の認定を受けることを要すると定められているものと解すべきところ、被告らが懲戒解雇の意思表示をするに当たって労働基準監督署長の認定を受けた事実は存しないから、本件懲戒解雇は無効である。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実は否認する。
2 再抗弁2の事実は否認する。
3 再抗弁3(一)の事実は否認し、(二)は争う。
4 再抗弁4(一)の事実は否認し、(二)の事実は否認し、主張は争う。労働基準法二〇条一項ただし書、同条三項、一九条二項の規定する行政官庁の除外認定は、事実確認的なものにすぎず、解雇の効力要件ではないと解すべきであり、本件就業規則五〇条(6)もこれと同様のことを規定しているにすぎない。
(第二事件)
一 請求の原因
1 本件建物の所有
内河朗は、平成二年六月当時、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。
2 内河朗と被告オスローインターナショナルとの間の使用貸借
内河朗は、被告オスローインターナショナルとの間で、平成二年六月ころ、その役員用の社宅とすることを目的として、被告オスローインターナショナルに無償で本件建物を使用させる旨の使用貸借契約を締結し、被告オスローインターナショナルに対し、本件建物を引き渡した。
3 本件使用貸借契約
(一) 原告は、平成二年六月当時、被告オスローインターナショナルの取締役であった。
(二) 被告オスローインターナショナルは、原告との間で、平成二年六月ころ、取締役用の社宅として原告に無償で本件建物を使用させる旨の使用貸借契約を締結し(以下「本件使用貸借契約」という。)、原告に対し、本件建物を引き渡した。
4 使用貸借の目的の終了(委任契約の終了)
(一) 原告は、被告オスローインターナショナルに対し、平成五年二月九日、同年三月末日をもって被告オスローインターナショナルを退職する旨告知し、被告オスローインターナショナルはこれを了承した。よって、原告と被告オスローインターナショナルは、両者の間の委任契約を合意解約した。
(二) 原告は、平成五年四月一七日、右委任契約を解除した。
5 賃料相当額
本件建物の賃料相当額は、一箇月金三〇万円を下回らない。
6 よって、被告オスローインターナショナルは、原告に対し、本件使用貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡しを求め、並びにその返還債務の履行遅滞による損害賠償請求権に基づき、本件使用貸借契約終了の日の翌日である平成五年四月一八日から右建物明渡済みに至るまで一箇月金三〇万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3(一)の事実は認めるが、取締役たる地位は名目的なものであり、原告は、実質的には被告オスローインターナショナルの労働者であり、現在もその地位は継続している。
同3(二)の事実は否認する。本件建物は社宅ではない。内河朗は、大田区鵜ノ木に同人の自宅を新築したのを機に、それまで自宅として使用していた本件建物を同人の妻の実弟である原告に提供することとし、平成二年六月三〇日ころ、原告との間で、原告に対し本件建物及びその敷地を贈与する旨の契約を締結し、原告に対し、本件建物及びその敷地を引き渡した。このように、原告は、内河朗から本件建物の贈与を受け、本件建物の所有権を取得し、所有権に基づいて本件建物を使用している。本件建物は、引渡当時、建築後既に一八年経過し、その間十分な手入れがされていなかったので老朽化が進んでおり、原告が快適に住めるような状態ではなかった。そこで、原告は、金九〇〇万円をかけて本件建物を改装し、金一七〇万円でエアコン等を整備した。また、本件建物及びその敷地の公租公課も原告が毎年負担してきた。内河朗は、原告に対し、平成五年二月二六日、本件建物及びその敷地について所有権移転登記手続を行う旨約した。
4 同4(一)の事実は否認する。原告が平成五年二月九日に作成したのは、「平成六年三月末日」に退職する旨の書面であり、また、被告オスローインターナショナルは、その文書に示された原告の退職の希望を了承しなかった。
同4(二)の事実も否認する。平成五年四月一七日に被告オスローインターナショナルの株主総会が開かれた形跡はないから、株主総会の決議をもってする取締役の解任(商法二五七条)や委任契約の解除がされたことはあり得ない。被告オスローインターナショナルの登記にも、平成五年四月一七日に取締役の解任、委任契約の解除がされたことを示す記載はない。なお、仮に原告が被告オスローインターナショナルの取締役の地位を失ったとしても、その労働者たる地位は継続している。
5 同5の事実は否認する。
6 同6は争う。
三 抗弁
1 本件建物及びその敷地の贈与(所有権喪失の抗弁)
(一) 内河朗は、大田区鵜ノ木に同人の自宅を新築したのを機に、それまで自宅として使用していた本件建物を同人の妻の実弟である原告に提供することとし、平成二年六月三〇日ころ、原告との間で、所有権移転登記手続は本件建物に設定された担保権の抹消後に行う旨の約定で、原告に対し本件建物及びその敷地を贈与する旨の契約を締結し、原告に対し、本件建物及びその敷地を引き渡した。
(二) 平成五年一月一八日までに本件建物及びその敷地のすべての担保権が抹消され、内河朗は、原告に対し、同年二月二六日、本件建物及びその敷地について直ちに所有権移転登記手続を行うと約した。したがって、遅くとも同年二月二六日までに、本件建物及びその敷地の贈与契約が成立した。
2 使用貸借
内河朗は、平成二年六月三〇日ころ、原告との間で、原告及びその家族の居住を目的として、本件建物につき使用貸借契約を締結し、原告に対し本件建物を引き渡した。
3 留置権
原告は、本件建物について、平成二年八月一三日及び同年一〇月一五日、それぞれ本件建物の改装費金九〇〇万円及びエアコン整備費金一七〇万円を出捐した。原告は、右金員の支払を受けるまで、本件建物の明渡しを拒絶する。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)及び(二)の事実はいずれも否認する。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は知らない。留置権の主張は争う。原告主張の費用は、本件建物の改良のために費やした費用に当たらない。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
本判決は、いわゆる旧様式による判決書であるが、最高裁判所平成九年五月三〇日第二小法廷判決(判例時報一六〇五号四二頁)が、事実認定の根拠として判決に引用する文書が真正に成立したこと及びその理由の記載は、判決書の必要的記載事項(民訴法一九一条一項)ではないと解すべきであり、これを記載しない判決に理由不備の違法(同法三九五条一項六号)があるということはできないと判示しているので、本判決においても文書が真正に成立したこと及びその理由の記載は省略する。
第一第一事件について
一 請求の原因1(一)、(二)(本件労働契約(一)及び本件労働契約(二)の締結)の事実は当事者間に争いがない。
二 抗弁1(黙示の合意解約)について
抗弁1(一)(1)のうち、原告が被告らの従業員の人事に関し、パチンコ店の店長等の採用、監督、解雇をする権限を持っていたこと、(1)のうち、原告が営業に関する重要事項を決定していたこと、(2)のうち、原告がタイムカードを押さなかったことは当事者間に争いがなく、これら争いのない事実に、(証拠略)、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)、被告ら代表者の尋問の結果並びに弁論の全趣旨を併せて考えれば、原告は、昭和五一年三月に被告オスロー商会に従業員として雇用され、被告オスロー商会の営むバッティングセンターが二四時間営業であったことから、一八時間勤務を三年間続けたこと、原告は、昭和五三年二月に被告オスローインターナショナルにも従業員として雇用され、給料は同被告から支払われるようになったこと、原告は、昭和五四年ころ営業部次長に、昭和五五年ころ営業部長に、昭和五七年一〇月及び一二月に被告オスロー商会及び被告オスローインターナショナルの各取締役営業部長に就任し、昭和五八年からは経営側の総括責任者、常務取締役として、被告らのパチンコ部門を担当することとなったこと、原告は、取締役就任に際して従業員としての退職手当の支給を受けたわけではなかったし、取締役就任後も、職務の対価として支給される金員の名目が役員報酬に変更されたわけではなく、依然として給料及び賞与名目で支給され、雇用保険料も引き続き控除されていたが、取締役就任後の職務の対価として原告に支給される金員の内訳を見ると、毎月支給される給料には基本給金一〇〇万円、家族手当金一万四〇〇〇円及び職務手当金一六万円のほかに、特別に支給される手当金一五万二〇〇〇円があり、その手当は月によって変動することなく、毎月同額が支払われており(なお、原告の職務に伴う交際費は別途支払われていた。)、また、賞与として毎年七月及び一二月に各金三六五万円が支払われており、右各金員の額も変動がなく、同額が支払われていたこと、また、原告は、平成二年六月には内河朗の判断により同人が所有し、それまで居住していた一戸建ての居宅を住居として提供されたほか、被告らの営業用の高級外車(BMW)を私用を含めて自由に使用することができたが、これらも原告の常務取締役の地位に伴うものとしての意味を持っていたこと、ところで、被告らの代表取締役である内河朗は、金融機関からの借入れをはじめとして財務・経理部門を統括していたほか、対外的な問題がからむ総務関係の仕事の大半にもかかわらざるを得なかったが、被告らグループが次第に発展するにつれて極めて多忙となり、店舗等を回って現場を管理する余裕はなかったため、自分の妻の弟であり信頼していた原告に常務取締役として営業部門を担当させることとしたこと、すなわち、原告は、常務取締役として営業部門の総括責任者であって、被告らの経営するパチンコ店やゲームセンター、バッティングセンターの店長を統括する責任者であり(ゲームセンターは一時期他の者が担当していたが、これも原告が担当するようになった。)、従業員の採用、解雇を決定する権限を有し、パチンコ店等のゲーム用機器、設備の購入、廃棄の決定、商品の仕入れ、景品の交換率の決定等、営業に関する重要事項を決定する権限を有し、内河朗に事前又は事後に報告することはあっても、内河朗から個別具体的な指揮命令を受けて業務を遂行していたわけではなかったこと、原告は、取締役就任後、タイムカードを押すことがなく、勤務時間の管理を受けていなかったこと、原告は、東京都新宿区歌舞伎町の被告らの本社事務所に机があったが、毎日出勤するわけではなく、週三日から四日出勤し、大体午後一時半ころ出勤し、午後四時ころまでいたが、それ以外の時間帯は所在を明らかにしていたわけではなく、連絡が取れないことが多かったこと、以上の事実が認められ、(証拠略)並びに原告本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。
右認定に係る各事実によれば、原告は、常務取締役として、勤務時間の管理を受けず、被告らの経営するパチンコ店等の店長を統括する責任者であり、内河朗から個別具体的な指揮命令を受けずに営業に関する重要事項を決定する包括的な権限を有し、前記のような多額の、勤務成績等によって左右されない対価の支給、便宜供与を受けていたのであるから、取締役就任後は労働者性の根拠とすべき使用従属関係を肯定することができず、これに基づいて考えると、原告と被告オスロー商会、被告オスローインターナショナルとは、昭和五七年一二月ころ、原告が被告オスロー商会、被告オスローインターナショナルの取締役に就任したことに伴い、黙示の合意により本件労働契約(一)及び本件労働契約(二)を解約したものと推認することができる。
三 請求の原因1(三)、(四)(本件労働契約(三)及び本件労働契約(四)の締結)の事実について
(証拠略)並びに原告本人の供述中には請求の原因1(三)、(四)(本件労働契約(三)及び本件労働契約(四)の締結)の主張に沿う部分があるが、二で述べたとおり、取締役就任後は労働者性の根拠とすべき使用従属関係を肯定することができないことに照らせば、(証拠略)並びに原告本人の供述部分をたやすく採用することができず、他に請求の原因1(三)、(四)(本件労働契約(三)及び本件労働契約(四)の締結)の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないが、念のため抗弁2(一)(辞職の意思表示)及びこれに対する再抗弁1ないし3並びに請求の原因3(一)(被告らの責めに帰すべき事由による履行不能、原告の就労の意思と能力)についても判断する。
四 抗弁2(一)(辞職の意思表示)について
(証拠略)、原告本人及び被告ら代表者の各尋問の結果(原告本人の供述中後記採用しない部分を除く。)によれば、原告は、被告ら代表取締役内河朗に対し、平成五年二月九日、同日付け書面で、同年三月末日をもって被告らを退職する旨解約の申入れをし、被告ら代表取締役内河朗はこの意思表示を受領したこと(<証拠略>の作成日付が平成五年二月九日の誤記であることは右各証拠から明らかであり、これに反する証拠については次に排斥するとおりである。)が認められ、(証拠略)並びに原告本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。
なお、(証拠略)によれば、本件就業規則二二条五号が、「退職を願い出て承認されたとき」に退職すると規定していることが認められるが、本件就業規則の右条項が民法六二七条一項、二項に基づく解約を排斥する趣旨と解する理由はないから、原告がした意思表示を合意解約の申込と解さなければならない理由はない。
右認定に係る各事実によれば、平成五年三月末日の経過をもって原告と被告らとの間の契約関係につき解約告知の効力が生じたものというべきである。原告と被告らとの間の契約関係は、二及び三で述べたところから明らかなとおり、原告が被告らの取締役であることに伴う委任契約であるというべきであるが、仮にこれが本件各労働契約であるとしても、右解約告知により終了したものというべきである。
五 抗弁2(一)に対する再抗弁1ないし3について
1 再抗弁1(退職願いの撤回)及び再抗弁2(本件労働契約の存続確認の合意)について
(証拠略)並びに原告本人の供述中には再抗弁1(退職願いの撤回)及び再抗弁2(本件労働契約の存続確認の合意)の主張に沿う部分があるが、(証拠略)及び被告ら代表者の尋問の結果に照らしてたやすく採用することができず、他に再抗弁1(退職願いの撤回)又は再抗弁2(本件労働契約の存続確認の合意)の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
2 再抗弁3(辞職の意思表示の瑕疵―表示された動機の錯誤)の主張について
再抗弁3(辞職の意思表示の瑕疵―表示された動機の錯誤)の主張については、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。
3 よって、抗弁2(一)に対する再抗弁1ないし3はいずれも理由がない。
六 請求の原因3(一)(被告らの責めに帰すべき事由による履行不能、原告の就労の意思と能力)について
1 労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務の履行につき、使用者の責めに帰すべき事由によって右債務の履行が不能となったときは、労働者は、現実には労務を遂行していないが、賃金の支払を請求することができる(民法五三六条二項)。そして、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときも、労働者の労務を遂行すべき債務は履行不能となるというべきであるが、労働者は、同項の適用を受けるためには、右の場合であっても、それが使用者の責めに帰すべき事由によるものであることを主張立証しなければならず、この要件事実を主張立証するには、その前提として、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることを主張立証することを要するものと解するのが相当である。
すなわち、まず、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にすることにより労働者の労務を遂行すべき債務が履行不能となる点について述べると、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供したのに、使用者が受領を拒絶した場合には、労務を遂行するには使用者がこれを受領することが不可欠であり、かつ、労務遂行の単位となる一定の時間的幅ごとに当該債務の履行が可能か不能かが決まり、労務を遂行することができないまま過ぎ去った時間について後から労務遂行の債務を履行することはできないという、労務を遂行する債務の性質に照らせば、使用者が受領を拒絶することにより、労働者が労務を遂行することは不可能となるといえるから、労働者の債務は、右受領拒絶の時点で履行不能になるものと解するのが相当である。そうすると、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているため、労働者が労務を遂行する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ明らかであるときには、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供しなくても、労働者の債務は、右受領拒否の時点で履行不能になるものと解するのが相当である。これが期間の定めのない労働契約のように、継続的に労務を遂行する債務である場合には、右履行不能の状態は、使用者が労働者に対して右受領拒絶の意思を撤回する旨の意思表示をするまで時の経過とともに続くものというべきである。
次に、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることが民法五三六条二項適用の要件事実となる点について述べると、同項の文理、趣旨からすれば、労働者が使用者に対し就労する意思を有することを告げて(口頭又は書面によるものであるにせよ)労務の提供をすることは、同項適用の要件とはならないが、他方、同項の適用を主張する労働者は、使用者の責めに帰すべき事由によって債務の履行が不能となったことを主張立証しなければならず、そのためには、その前提として、自らが客観的に就労する意思と能力とを有していなければならないから、この事実をも主張立証しなければならないものと解するのが相当である。
使用者が解雇の意思表示をした場合にも、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているといえるから、労働者の債務が履行不能となる場合に当たるが、使用者が解雇の意思表示をした場合において、労働者が解雇が無効であるとしてその効力を争って賃金請求をするときには、自らが客観的に就労する意思と能力とを有していることをも要件事実の一つとして主張立証すべきである(通常は解雇の効力を争うことによってこの要件事実の主張立証がされているものと取り扱うことができるが、反証が提出されたためこの要件事実の証明が動揺を来したときには、証明の域に達するまでの立証活動が必要となる。)。
2 (証拠略)、原告本人尋問の結果、被告ら代表者の尋問の結果並びに弁論の全趣旨を併せて考えれば、原告は、平成五年七月八日に株式会社ベルウッドを設立した上、株式会社アトラスとの間でゲームセンターの営業委託契約を締結してその運営を行っていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
原告は、引き続き被告らの業務に就労する意思と能力がある旨主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がないわけではないが、右認定事実によれば、原告は、株式会社ベルウッドの代表取締役として、株式会社アトラスとの間の営業委託契約に基づき、ゲームセンター事業を営んでいるというほかなく、原告が生活費を得るための単なるアルバイトをしているにすぎないということはできないのであって、原告本人の前記供述部分を採用することはできない。そして、株式会社ベルウッド設立の時期その他本件訴訟の審理に表われた諸般の事情に照らすときは、本件訴訟提起当時において、原告に引き続き被告らの業務に就労する意思と能力があったとの主張に沿う(証拠略)及び原告本人の供述部分を採用することはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、原告の請求は、既にこの点においても理由がないといわざるを得ない。
第二第二事件について
一 請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 被告ら代表者の供述中には請求の原因2(内河朗と被告オスローインターナショナルとの間の使用貸借)及び同3(二)(本件使用貸借契約)の各主張に沿う部分があるが、契約書その他の文書が提出されておらず、原告が被告ら代表者の妻の実弟であることに照らして考えると、裏付けが十分でないといわざるを得ないから、被告ら代表者の右供述部分をたやすく採用することができず、他に右各主張事実を認めるに足りる証拠はない。
よって、被告オスローインターナショナルの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第三結論
以上の次第であって、原告の請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却し(第一事件)、被告オスローインターナショナルの請求も理由がないから失当としてこれを棄却し(第二事件)、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 髙世三郎)